■ 加須手打うどんのルーツ

 埼玉県の加須市周辺は、利根川の水源を生かした農業用地の整備がすすみ、2毛作が可能となったことから、米の裏作として多くの麦が生産されていました。しかし、お米の多くは、年貢として供出し、麦飯が主食だった時代、ツルツルシコシコうどんは大変なご馳走であり、根強い人気を得てうどんの食文化を築く結果となりました。
 加須では昔からの冠婚葬祭を始め、物日には必ず各家庭でうどんを作る習慣があります。
加須の手打うどんは、今から約200年前の江戸時代の半ば、利根川の渡舟場や不動岡の総願寺門前で参拝客をもてなしたのが、うどん屋の始まりといわれています。
 また青縞の集積地として、五日と十日のゴトウ日には市が立ち、全国から業者が集まり盛況を極めたといわれ、それの人々をターゲットとして、当時豊富に生産されていた地粉を使っての手打うどん店が誕生し、大いに繁盛したと言われています。






Copyright (c) 加須うどん会. All rights reserved.